法医学

法医学リーズン

2009年11月17日 (火)

法医学リーズン《85》

法医用語の解説
 
 検視や解剖の立会いをした際などに、検視官や解剖医が「ガンメンはイッパンにセイハクでソウショウトウはなく、リョウガンケンのガンレツはサイゲキジョウをティし・・・」というような表現をしますが、これだけを聞いたのでは、何を言っているのか分からない人もあると思います。
 実は、この意味は、「顔の色は全般に青白く、傷などもなく、左右の両目は上下のまぶたを少し開き・・・」と言うことで、お釈迦様のように温和で穏やかな顔をしていると言う意味になります。
このように、法医学関係者の間では、門外漢が一度聞いただけでは分からない言い回しや、独特な用語が用いられておりますから、法医用語を正しく理解していなければ、死体観察および解剖の立会いを行う上において大きな支障を来たします。
 そこで、日ごろ多く用いられている基本的な法医用語について、簡単に説明します。

◎ 色の表現
   色の表現は、褐色・鮮紅色・青緑色などと、それぞれの色に該当する表現を
  行っていますが、その濃淡などから次のような独特な表現をすることがあります。
 1) 暗<あん>○色-例えば、暗紫赤色といえば、暗い紫赤色のことである。
 2) 淡<たん>○色-例えば、淡紅色といえば、薄い紅色のことである。
 3) 帯<たい>○色-例えば、帯黄褐色といえば、黄色を帯びた褐色のことである。
 4) 汚穢<おわい>○色-例えば、汚穢赤色といえば、汚い赤褐色のことである。

◎ 形の表現
   線状・帯状・円形・楕円形・長方形・正方形などと、通常用いられている表現を
  しますが、次のような独特な表現もあります。
 1) 類円形-輪郭が不鮮明な円形類似の形状のこと。
 2) 不正形-輪郭が整然としてなく、しかも、特定の形状をなしていない形状。
 3) 柳葉状<りゅうようじょう>-柳の葉のような形状。

◎ 大きさの表現
   該当物を見て、直感的に植物の実や動物の卵、あるいは人体の部位などの
  大きさで表しますから、数字的に厳密な基準があるわけではありません。
 1) 蚤刺大<そうしだい>-針の先で突いたくらいの大きさ。
 2) ケシの実大-けしのみのおおきさ、直径0.1cmくらい。
 3) 粟粒大<ぞくりゅうだい>-粟つぶの大きさ。
  4) 麻実大<まじつだい>-麻の実の大きさ。
 5) 米粒大<べいりゅうだい>-米つぶの大きさ。
 6) 小豆大<あずきだい>-小豆の大きさ。
 7) 大豆大<だいずだい>-大豆の大きさ。
 8) 豌豆大<えんどうだい>-えんどう豆の大きさ。
 9) 蚕豆大<そらまめだい>-そら豆の大きさ。
 10) 桜実大<おうじつだい>-さくらんぼの大きさ。
 11) 胡桃大<くるみだい>-くるみの実の大きさ。
 12) 蜜柑大<みかんだい>-みかんの大きさ。
 13) 林檎大<りんごだい>-リンゴの大きさ。
 14) 雀卵大<じゃくらんだい>-雀の卵の大きさ。
 15) 鳩卵大<きゅうらんだい>-鳩の卵の大きさ。
 16) 鶏卵大<けいらんだい>-鶏の卵の大きさ。
 17) 鵞卵大<がらんだい>-鵞鳥の卵の大きさ。
 18) 小指頭面大<しょうしとうめんだい>-小指の末節部の大きさ。
 19) 示指頭面大<ししとうめんだい>-示指の末節部の大きさ。
  20) 拇指頭面大<ぼしとうめんだい>-拇指の末節部の大きさ。
 21) 手拳大<しゅけんだい>-手拳の大きさ、小児手拳大ということもある。
 22) 手掌面大<しゅしょうめんだい>-指を含んだ手掌面の大きさ。
 23) 小児頭大<しょうにとうだい>-小児の頭の大きさ。
 24) 大人頭大<だいにんとうだい・おとなあたまだい>-大人の頭の大きさ。

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2009年7月14日 (火)

法医学リーズン《84》

(4) 自他殺の判断
   墜落死体・転落死体に、ためらい創とか防禦創などのように自殺あるいは
  他殺を表す創傷とか、扼痕などが存在する場合は別として、墜落・転落時に
  負った創傷だけから、自他殺の判断を行うことは不可能です。
   したがって、墜落死及び転落死についての自他殺の判断は、死体所見以
  外のもの、例えば、落下場所の状況や自殺の原因・動機の有無などを総合
  的に検討して行う必要があります。ここでは、落下場所を観察する上での着
  眼点について説明します。
① 墜落場所の高低
 ○ 自 殺
  ・ 覚悟の自殺の場合には、即死できるような高い建物などから墜・転落して
   いることが多い。
 ● 他 殺
  ・ 即死するのは無理なような低い場所から墜・転落している場合は、他殺・
   事故死の疑いが強い。
② 墜・転落場所の鉄柵等の高低
 ○ 自 殺
  ・ 鉄柵や窓枠などが高い場合は、そこを乗越えて飛び降り自殺したことが考
   えられる。
 ● 他 殺
  ・ 突き落としたり、あるいは、投げ落としたりするためには、鉄柵、窓枠が低
   くなくては困難である。
③ 墜・転落場所の鉄柵等の付着物等の状況
 ○ 自 殺
  ・ 墜・転落場所の鉄柵・窓枠などに死者の指・掌紋が整然と付いている場合
   は、自殺と考えられる(死者の指・掌の付着物を必ず採取しておくことが大
   切である)。
  ・ 鉄柵などのほこりが取れている幅が狭いと、そこから飛び降りた疑いが強
   い。
 ● 他 殺
  ・ 墜・転落場所の鉄柵、窓枠などに死者の指・掌紋が付いていなかったり、
   逆に多くの指・掌紋が乱れて付いている場合は、他殺の疑いが強い。
  ・ 鉄柵などのほこりが幅広くとれていたり、着衣の繊維片が幅広く付着してい
   るときは、他人と争った疑いが強い。
④ 履物痕などの付着状況
 ○ 自 殺 
  ・ 墜・転落場所の最先端に履物痕が少数ある場合は、そこを踏み台にして
   飛び降り自殺している疑いが強い。
 ● 他 殺
  ・ 墜・転落場所に死者の履物痕がないとか、あるいは、離れている場所に
   ある場合は、他殺の疑いが強い。
⑤ 履物などの遺留状況等
 ○ 自 殺
  ・ 墜・転落場所に履物がそろえて置いてあったり、遺書がある場合は、自殺
   の疑いが強い(ただし、犯人が偽装していることもある)。
 ● 他 殺
  ・ 履物が不ぞろいで、しかも、離れていた場合は、他人と争った疑いが強い。
⑥ 落下地点
 ○ 自 殺
  ・ 墜・転落場所の直近に落下していることが多い。
 ● 他 殺
  ・ 墜・転落場所から著しく離れたところに落下している場合は、他殺の疑いが
   強い。 

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2009年7月11日 (土)

法医学リーズン《83》

(3) 墜落死・転落死と交通事故死との見分け方
   人体が動いて鈍体に衝突する(墜落死・転落死)のと、鈍体(自動車等)が
  動いて人体に衝突する(交通事故死)のとの違いはあっても、いずれも攻撃
  面の広い鈍器・鈍体による損傷ということで、墜落死・転落死と交通事故死
  の死体所見は著しく似ています。
   したがって、この両者を見分けるには、近くに飛び降りたり転落したりする
  高い場所がないかどうか、路上に自動車の塗料片やガラス片などが落ちて
  いないか、タイヤのスリップ痕がないか、死者の着衣等に塗料片等が付着し
  ていないかなどを十分に観察しなければなりませんが、一応、次のようなもの
  が両者を見分ける基準となります。
  ア 点状表皮剥脱・線状表皮剥脱
    墜落死の場合には、高所から落下し、人体が直角に落下面に打ち付けら
   れるのに対し、交通事故死の場合には、自動車等で跳ね飛ばされた後、落
   下面に一定の角度を持ち斜めに衝突します。つまり、墜落死の場合は、落
   下面にたたき付けられて止まるのに対し、交通事故死の場合には、落下し
   た後、人体が落下面から移動(ずれる)します。このため、落下面に存在す
   る砂利などによる表皮剥脱が、墜落死では点状になるのに対し、交通事故
   死では、線状の表皮剥脱ができやすいのです(写真参照)。

Dscn086351
※ 点状表皮剥脱

Dscn086452
※ 線状表皮剥脱

イ 轢圧創
  交通事故死の場合、自動車等に跳ね飛ばされて転倒した後、さらに自動車
 等に轢かれることがありますので、自動車等のタイヤの紋様を表す皮下出血
 ・表皮剥脱などの、いわゆる轢圧創が見受けられることがしばしばあります。
ウ デコルマン創
  皮下剥離創のこと。自動車事故を最も典型的に表す創傷のひとつで、自動
 車のタイヤが身体を轢過する際に皮膚のみを強く引っ張るために筋肉と皮膚
 が剥がれてしまい剥離創が出来ます。皮膚が断裂してその上さらに筋肉から
 剥がれているものや、単に裂創が伴わずに皮膚が筋肉から剥がれているだけ
 のものなどがあります。
エ 着衣の破損状況
  墜落死・転落死の場合と同様に、交通事故死の場合にも着衣が破損してい
 ることが多いのですが、表皮剥脱のところで説明したような理由から、交通事
 故死の場合は、落下面を移動した際のすり傷のような破損が見られるのが特
 徴です。

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2009年7月 5日 (日)

法医学リーズン《82》

エ 頭部損傷
  頭部損傷といっても、軟部蓋損傷(頭皮損傷・・・皮下出血・表皮剥脱・挫創・
 裂創・割創など)・頭蓋骨折(陥没・亀裂)・脳膜損傷(硬膜外血腫・硬膜下血
 腫・蜘蛛膜下出血)・脳損傷(脳震盪・脳圧迫・脳挫傷)と様々なものがあり、
 この中には、これといった所見を呈しないものがあります。
  そこで、ここでは、次のような所見があれば、一応、頭部に損傷を負っている
 可能性が大であるというものを挙げるだけに止めておきます。
 ○ 眼瞼部の皮膚変色・・・眼瞼部がくまどりされたように青藍色を呈している
  場合は、頭蓋骨折の疑いがある。
 ○ 耳・鼻からの出血・・・外耳道及び鼻腔部から出血している場合は、頭蓋骨
  折の疑いがある。
 ○ 瞳孔の差異・・・左右の瞳孔の大きさに差異が認められるときは、脳幹部
  に損傷(出血・挫傷)を負っている可能性が極めて強い。
 ○ 嘔吐・・・頭蓋内に損傷を負った場合には、吐き気を催し、嘔吐することが
  多い。
 ○ 高い体温・・・頭蓋内を損傷した場合には、脳幹部の温熱中枢の調節が侵
  されて体温が異常に上昇することがあり、そのような場合は、普通の死体に
  比較して体温が高くなっている。
オ 出血の状況
  超高層ビルのような非常に高い所から墜落した死体の場合には、大きな創
 傷が生じているのに出血量が予想外に少ないことがあります。
  しかし、解剖してみると、内部組織には相当量の内出血が認められます。
カ 滑液の洩出
  肘・膝間接部に当る部分の着衣に、車両の油と見誤るようなものが付着して
 いることがあります(写真参照)。
  これは、間接内の滑液が洩出して着衣に浸み込んだもので、墜落死特有の
 所見です。
キ 着衣の破損
  墜落死・転落死の場合には、衝突時の衝撃により、着衣が裂けたり、ほころ
 びていることが多く、時には、ズボンのベルトが切れていることがあります。

Dscn086250
      ※滑液の洩出(スカートに浸み込んだもの)


 
  

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2009年7月 1日 (水)

法医学リーズン《81》

(2)  墜落死・転落死の外部所見
  墜落死にしろ転落死にしろ、高所から落下して死亡した場合には、落下地点
 の物体と衝突する際に人体に相当な衝撃が加わっていますから、これらの死体
 の大部分は、頭蓋骨・脊椎・足根部などが骨折していたり、内臓が破裂するなど
 の大きな損傷を伴っています。
  なお、墜落死では、下肢の方から飛び降りることが多いため、損傷部位も四肢
 部が中心となっているのに対し、転落死の場合は、頭部に多くの損傷が認めら
 れます。
  墜落死・転落死の場合には、その損傷に特徴的なものがしばしば見受けられ
 ますので、簡単に説明します。
 ア 辺縁性出血
   墜落死体および転落死体の上肢や下肢には、その内部にある長骨の形状
  を形どる辺縁に、鉄パイプで殴られたような場合にできる二重条痕様の皮下
  出血(長骨の部分が白くなり、その辺縁に皮下出血が見られる)が認められる
  ことがあります。これを、一般に辺縁性皮下出血と呼んでいます。
   この辺縁性皮下出血は、高所から落下した場合に、上肢や下肢が路面など
  の落下面に平行にたたき付けられたときにできるもので、高所から落下した
  ことを如実に示す外部所見といえます。
   もっとも、これは、上肢及び下肢の長骨が落下面と平行して衝突しなければ
  できないものですから、辺縁性皮下出血がないからといって、高所から落下し
  たものではないということはできませんので、注意が必要です。
  イ 落下面に符合する創傷
   高所から落下した場合、その落下面に符合した創傷、例えば、マンホールの
  上に落下したのであれば、その蓋の模様の皮下出血が認められることがあり
  ます。なお、落下地点が路上の場合、路上面にある砂などの跡を現すような小
  さな点状の表皮剥脱や皮下出血が認められることがありますが、これも、やは
  り高所からの落下を物語る所見であり、交通事故死と区別するのに役立ちます。
 ウ 伸展創
   伸展創は、鉄棒や金槌などの鈍器で殴られたような場合、皮膚が伸び切るた
  めに、当該鈍器が作用した部分以外の皮膚が裂けてできるもので、皮膚の表
  層が浅く裂け、いわゆるちりめん状を呈しています。
   この伸展創は、交通事故による死体に多く見受けられますが、墜落死・転落死
  の死体でも、時々見られることがあります。


  

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2009年6月29日 (月)

法医学リーズン《80》

~墜落死・転落死~

1 概 説
  最近、高層ビルなどからの飛び降り自殺が話題となっています。
  このほかにも、工事現場の足場から作業員が足を滑らせて墜落死するという
 ようなことがよくあります。これらのように、高所からの落下が原因で死亡したも
 のの大部分は、自殺又は過失による事故死です。
  しかし、時には、崖やビルなどの高所から人を突き落として殺害するとか、階
 段の上でけんかをした挙げ句、階段から突き落として死亡させるなどの事件が
 発生することがあります。
  ところで、これらは、高所から落下した際の衝突に伴う損傷が原因で死亡する
 ものがほとんどですから、死因別に見れば、先に説明した損傷死に当たります。
  しかし、凶器を用いた損傷死とは若干趣が異なりますので、ここでは、あえて
 損傷死とは区別して説明することにします。
 (1)   墜落死・転落死の定義
    高所から落下して死亡した場合、その落下の態様を基準として、通常、
   墜落死と転落死の二通りに区別されています。すなわち、ビルの屋上や工事
   現場の足場などから、飛び降りたり、又は、滑り落ちたような場合、その地点
   から落下地点までの間に他の箇所に衝突することなく一直線に落下して死亡
   したものを墜落死といいます。
    しかし、このように定義付けて見ても、現実に高所から転落した場合に、こ
   の両者を明確に区別することは困難な場合が多く、また、区別する実益も
   それほどありませんから、両者をあわせて説明します。

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2009年6月28日 (日)

法医学リーズン《79》

(6) 焼死体自他殺の判断基準
  焼死体についての自他殺の一般的な判断基準を示すと、次のようなものが
 挙げられます。

 ① 生体か死体か
  ○ 自殺(事故死を含む)
   ・ 生体で焼かれた場合には、一応、自殺又は事故死と考えられる。
     生体であったことを示すものとして、
    ※ 死体に生活反応が見られる。
    ※ 出火点と逆の方向に向かって倒れているとか、床面にうずくまってい
     るなど出火時に行動した跡が見受けられる。
    ※ 死体の下に焼燬物がある。
     などがある。
  ● 他 殺
   ・ 死体で焼かれた場合には、他の方法により殺害された後、焼かれたこと
     が考えられる死体であったことを示すものとして、
    ※ 生活反応が見られない
    ※ 床面と密着した部分が焼けていない。
    ※ 焼燬物が死体の下にない。
     などがある。

 ② 生前の創傷の有無
  ○ 自殺(事故死を含む)
   ・ 焼死体に切創・刺創等の創傷が認められないのが通常である。
     (ただし、落下物による損傷が考えられるので注意が必要)
  ● 他 殺
   ・ 焼死体に切創・刺創・割創などが認められるときは、他殺の可能性が強い。

 ③ 頭部・顔面・頸部の損傷の有無
  ○ 自殺(事故死を含む)
   ・ 頭部・顔面・頸部に損傷が認められないのが通常である。
     (ただし、落下物による損傷があることがある)
  ● 他 殺
   ・ 頭部・顔面に生前の損傷がある場合は、他殺の疑いが強い。
   ・ 頸部に絞痕などがある場合は、他殺の疑いが極めて強い。
     (扼痕がある場合は他殺と考えてよい)

 ④ 戸締りの状況
  ○ 自殺(事故死を含む)
   ・ 戸締りが完全に行われているときは、事故死の疑いが強い。
  ● 他 殺
   ・ 戸締りが完全でなく開放箇所がある場合は、他殺の疑いがある。

 ⑤ 現場の状況
  ○ 自殺(事故死を含む)
   ・ 物色その他現場の乱れがないのが通常である。
  ● 他 殺
   ・ 物色等現場の乱れがある場合は、窃盗後の放火等が考えられる。

 ⑥ 出火点の検討
  ○ 自殺(事故死を含む)
   ・ 被害者及びその家族が通常火気を使用している場所から出火してい
    る場合は、事故死と考えられる。
  ● 他 殺
   ・ 被害者及びその家族が通常火気を使用していない場所から出火して
    いる場合は、放火殺人の疑いが極めて強い。

 ⑦ 点火物及び燃料容器の有無
  ○ 自殺(事故死を含む)
   ・ 焼身自殺の場合には、点火に用いた容器及びガソリンなどの燃料容器
    が死体の近くに存在する。
  ● 他 殺
   ・ 残存衣類及び現場に油類が付着しているような場合で、点火物及び燃
    料容器が死体の近くに存在しない場合は、焼殺の疑いが強い。

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2009年6月23日 (火)

法医学リーズン《78》

(5) 自他殺の判断
   焼死体についての自他殺判断の第一歩は、それが生体であったときに
  焼かれたものであるか、それとも既に死体となっていたときに焼かれたも
  のであるかを見分けることにあるといわれています。つまり、生体で焼かれ
  たのであれば、逃げ遅れなどによる事故死又は自殺の可能性が強くなりま
  すし、死体が焼けたのであれば、何らかの方法によって殺害した後、その
  犯行を隠滅するなどの理由により焼死を装ったことが考えられるからです。
   しかし、これはあくまで可能性の問題であり、生体で焼かれた所見、すな
  わち、生活反応が見られたからといって、殺人事件でないとは言い切れま
  せん。
   なぜなら、
  ○ 被害者が就寝中を見計らい、あるいは、睡眠薬などを飲ませて眠らせ
   た後、家屋に火をつける。
  ○ 腹部や頭部を殴打するなどして失神させた上、家屋に放火する。
  というような方法で焼殺した場合にも、生活反応が見られるからです。
   このように、焼死体それ自体の所見だけで自他殺を判断することは極め
  て難しくなります。したがって、焼死体の所見のほかに出火原因、出火点と
  死体の位置関係、残存する衣類などの油類の付着状況、現場の乱れなど
  の現場の状況と、自殺の動機及び原因、怨恨の有無などの焼死者に関す
  る事項などを検討した上で、総合的に判断する必要があります。

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法医学リーズン《77》

(4)   焼死体の死体所見
   焼死体の死体所見には、生体・死体にかかわらず人体が焼けることによ
  って生ずるものと、生体が焼けることによってのみ生ずる所見とがあります。
  ア 生体・死体にかかわらず生ずる死体所見
   (ア)  ボクサー型姿勢
      焼死体の多くは、腕を上げて肘間接を曲げ、さらには膝を曲げて、
     あたかもボクサーが試合をしているような格好をしています。
      これは、熱作用により、筋肉内の蛋白質が凝固して筋肉が収縮し、
     しかも、四肢の筋肉(拮抗筋)は、伸筋よりも屈筋の方が強いために
     起こる現象ですから、生体・死体の両者に現われます。
      もっとも、火災現場等で床面にうずくまるような姿勢で焼け死んでい
     ることがありますが、それは、逃げ遅れた場合の姿勢であり、生体が
     焼けたことを示すものですから、見誤りのないようにしなければなりま
     せん。
   (イ)  皮膚等の断裂
      火熱が作用すると皮膚及び皮下組織が収縮するために、皮膚に断裂
     が生じていることが多く見られます。火熱による断裂は、皮膚の割線の
     方向に破裂状に大きく哆開し、創縁は収縮したような型になっています
     から、生前の裂創・切創との見分けは比較的容易です。
   (ウ) 骨 折
      焼死体は、時として四肢が骨折していたり、あるいは、不用意に死体
     を動かすと骨が折れてしまうことがありますが、これは、火熱により骨が
     もろくなっているためで、生体・死体にかかわらず見られる現象です。
  イ 生体が焼けたときに見られる死体所見
   (ア) 外部所見
     a  紅斑、水疱形成の存在
       前述しましたように、火傷の症状としての紅斑(第1度)、水疱形成(第
      2度)は、いわゆる生活反応ですから、それがある場合には、生体が
      焼かれたと見てほぼ間違いありませんが、紅斑は死斑と類似しており、
      また例外的に死体を焼いた場合にも発疱ができることがありますので
      この点を注意しなければなりません。
       この場合の見分け方で最も正確なものは、生体であった場合にはそ
      の周囲に発赤腫脹が見られるのに対し、死体であった場合にはそれが
      見られない、ということを挙げることができます。
     b   鮮紅(赤)色の死斑
       火災現場等には、多量の一酸化炭素が発生し、大部分の焼死体は、
      この一酸化炭素中毒が原因で死亡しています。そして、先に説明して
      いるように、一酸化炭素中毒死の場合は、死斑が鮮紅(赤)色を呈して
      いますから火災現場等から発見された焼死体の死斑が鮮紅(赤)色を呈
      している場合には、一応、生体が焼かれたものであるということができ
      ます。
     c  眼の状況
       生体であったことを示す外部所見として、眼裂内に煤片又は炭塵が入
      っていることが挙げられます。火災等の際に生きていた場合には、その
      苦しさなどから、眼を硬く閉じるために、このような現象が生じるのです。
       したがって、眼裂内に煤が入っていた場合、それは、生体であったとい
      えます。
   (イ) 内部所見
       焼死体の内部には次のような所見が見られますので、死体を解剖す
      ることによって、生体であったか否かを知ることができます。
      ○ 心臓など深部の血液内にも、一酸化炭素ヘモグロビンが認められ
       る。
      ○ 鼻腔深部、気管及び気管支内に煤、炭末などが吸い込まれており、
       それらの内部粘膜の表面が黒くなっている。
      ○ 胃・十二指腸などにも煤を飲下していることがある。
      ○ 熱い空気を吸入するために、上気道の内部に火傷・粘膜剥離・腫
       脹が見られることがある。
      ○ 嘔吐物を吸引していることがある。
      ○ 第3度の火傷(焼痂性火傷)部を切開すると、血管内に熱凝固した血
       液が認められる。

※哆開=しかい=創傷の創口がパックリ開いている状態。 
             

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2009年6月 9日 (火)

法医学リーズン《76》

(3) 焼死体の死因
   焼死という言葉からは、火傷によって身体の細胞が損壊され、身体に障害
  を起こして死亡することを連想しがちですが、実際には、焼死体の場合は、
  一酸化炭素中毒により死亡した後に焼かれたというように、他の原因により
  死亡していることが多いのです。
   焼死体の中で最も多い死因は、一酸化炭素中毒死です。一般に火災現場
  の一酸化炭素の濃度は非常に高く、数回の呼吸で死亡してしまうといわれて
  います。また、例え死亡しないまでも、一酸化炭素中毒が原因で嘔吐し、その
  嘔吐物を吸引して窒息死することもありますし、そのほかには、合成繊維や
  新建材が燃焼する過程において発生する塩素・ホスゲン・青酸などを吸って
  中毒死するものや、多量のススを吸い込んで窒息死するもの、さらには、火
  熱による神経性ショックや酸素欠乏によって死亡するものなどがあります。

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