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2014年10月

2014年10月31日 (金)

昔の風シリーズ・・・入谷から上野へ(後)

  後編は、今までも散々撮り訪ねた鷲(おおとり)神社から合羽橋の名前の由来となった河童寺、通称仏壇通りと呼ばれる通りにあってゴールの上野駅のすぐ近くにある下谷神社までを昔の風を感じながら撮り歩きました。

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  前回の「飛不動尊」から国際通りへ向かう途中にあるのが「鷲神社」です。
  起こりは定かではありませんが、言い伝えによると日本神話のころから有ったといわれているそうで、浅草のおとり様として毎年11月になると酉の市が開かれ、縁起物の“熊手”を求める人々で賑わいます。407d201
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  境内からは隣のビルの間にスカイツリーが見えています。407d203
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  「酉の祭(マチ)」の時にはここに熊手を売る店が並びます。407d204
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  本殿前には、願をかけ叶うようにと“叶鷲”が奉納されています。407d202
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  本殿入口には大きな“お多福様”が一杯の笑顔で祀られています。407d205
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  鷲神社を出て国際通を南下してかっぱ橋本通りへ出たら左へ曲がり、JR上野駅方向へ向かうと、やがて右手に「曹源寺」があります。
  ここが通称かっぱ寺といわれ、この近辺に残る「合羽橋」の名称はこの寺の伝承に由来するといわれています。407d206
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  古事由来に似合わない近代的な白壁の本堂が建っています。407d207
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  境内には「波乗福河童大明神」という河童が祀られている立派なお堂があります。407d211
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  お堂の入口天井には三爪の竜神がしっかり護っています。
  ここの河童大明神は“河太郎”と呼ばれているようですね!407d210
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  入口階段下には、夫婦かっぱが鎮座しています。 407d208
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  お堂の中に祭られている河童の絵を見ることが出来ます。407d209
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  河童寺を出てさらに南下して浅草通りへ。
  ゴールである上野駅のすぐ手前の近代的なビル群に囲まれたところに、ちょっと場違いな感じを受ける大きな赤い鳥居がありますが、これが、下谷神社の大鳥居です。407d212
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  この神社の祭神は大年神という神様で、俗にお稲荷様と呼ばれています。
  この付近の稲荷町という町名も地下鉄銀座線の稲荷町駅もこの神社からの名前が起源だそうです。   407d214
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  面白いことに、夕方になると境内への門が閉じられて本殿を拝礼できなくなってしまいます。407d215
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  天平2年(720)に創建されたと伝わるだけに、何回も改修されていることと思いますが、其処此処に歴史を感じる古さがあります。407d216
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  寛政10年(1798)に江戸で初めて“寄席”が開かれた場所という記録があり、境内にはそのことを示す石碑が置かれています。407d213
  ゴールの上野駅には夕方間近に到着しましたが、下町情緒をたっぷりと満喫しながら、カメラを向けて通り過ぎる路地や建物も古めかしく、昔の風をたっぷりと感じることの出来る心落ち着くコースでした。

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2014年10月26日 (日)

昔の風シリーズ・・・入谷から上野へ(前)

  JR上野駅を起点として昭和通を進み、地下鉄日比谷線の三ノ輪駅で浅草国際通へ出て折り返し、地下鉄銀座線田原町駅で浅草通りへはいり、上野駅までつなぐという路線で結ぶ三角地帯を撮り歩いてみました。

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  最初の出発目的地は東京メトロ日比谷線の入谷駅前にある真源寺です。407d102
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  ここは「恐れ入谷の鬼子母神」で有名なあのお寺です。この時期は静かですが、下町の夏の風物詩としてよく知られている朝顔市の催される場所でもあります。
  鬼子母神の“鬼”の字は正しくは第一画目のツノの無いものを用いるのですが・・・
  「恐れ入谷の鬼子母神」という言葉は江戸時代に狂歌ブームを作った狂歌師大田南畝が生み出した洒落言葉で、「どうで有馬の水天宮(日本橋蛎殻町)」、「志やれの内のお祖師様(杉並区堀の内)」と続きます。407d105
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  下谷七福神の福禄寿のお寺でもあります。407d103
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  幟額には噺家さんの名前が多く見られます。407d101
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  立派な石塀が取囲んでいました。407d104
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  鬼子母神を出て昭和通を三ノ輪方向へ進み下谷警察署を過ぎたら次の交差点を右折すると千束稲荷神社が見えてきます。
  この神社は樋口一葉ゆかりの神社で、代表作「たけくらべ」の中で子供たちが遊び場として登場する舞台でもあります。407d106
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  正面口にはいかにも古い歴史を感じる鳥居が建っています。407d107
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  手水舎も歴史を感じます。407d108
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  本殿も由緒あるたたずまいを感じます。407d110
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  小さいながらも柔らかな芝生が生える境内は子供たちが遊ぶのに良い空間だったのでしょう。407d111
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  境内には一葉の石像もありました。407d109
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  千束稲荷神社を後にして国際通を南下してゆくと、竜泉の交差点を左に折れた直ぐのところに樋口一葉の旧宅が有ったという場所へ出ます。
  その短い生涯をここでも過ごし、名作の「たけくらべ」が生まれた発端となった所であったんでしょうね。407d112
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  一葉旧居跡の直ぐ近くには飛不動尊があります。
  参詣したときはちょうど本殿の改築中で全体像は見られませんでしたが、ご本尊のお不動様は拝見することが出来ました。
  お名前の由来は、住職が修行のため本尊を背負って旅に出たが、本尊が不在の間も江戸庶民は一心に祈願を行なっているのを知り、その気持ちに応えるように遠方にいたお不動様がここに飛び帰り、ことごとく願いを叶えてくれたということから飛び帰るお不動様として親しまれてきたのだそうです。407d113
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  本堂の内部は拝観できるようになっていました。407d115
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  前庭には何やら謀をしている羅漢さんの姿もありました。407d114
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  ご本尊のお不動様はその名前の通り、雲に乗った姿をされていました。
  今は、飛ぶことを航空機と結びつけて空の安全を祈願した“お守り”が授与されています。407d116
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2014年10月 8日 (水)

地域限定イベント・第2回稲城ぶらり散歩スタンプラリー

  稲城ぶらり散歩スタンプラリーの「第2回」が始まりました。
  今回のコースは下図中央部の青太線のとおりです。晴天に恵まれた過日、例によっての撮影行でゆっくりと時間をかけて、たっぷり写真も撮ってきました。
  もちろん、スタンプもしっかり押してもらってきました。
  ラリーは今月の28日迄ですのでこれからまわられる方の参考になれば、と思います。
  なお、掲載の写真は画像をクリックすると拡大され、さらにもう一度クリックすると、より大きくなります。戻るときは“戻るボタン”をクリックしてください。

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  青太線がコースです。①~⑫の数字のところが、例によって立ち寄りポイントです。410a101
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  ①・スタートは、JR南武線南多摩駅です。410a102
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  ①・まだまだ高架線化の工事が続いています。410a103
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  ②・大丸用水散策路。百日紅の花が咲いていました。410a104
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  番外・散策路に沿ってあった「但馬稲荷神社」。社殿の規模のわりに鳥居は立派です。410a105
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  ③・稲城北緑地公園。色々と遊具もあります。410a106
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  ④・稲城大橋、中央高速道上り線に入れます。410a107
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  ⑤・葎草橋(りっそうばし)通り北端にある「孝子長五郎の墓」410a108
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  ⑤・葎草橋通り。住宅はこの付近だけで直ぐに畑地となります。410a109
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  番外・JR南武線稲城長沼駅。最近高架線となったのでまだ工事中です。410a110
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  ⑥・ペアリーロード商店街。410a111
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  ⑥・あいⅰショップ。スタンプ押印所410a112
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  ⑦・青渭神社(青沼大明神)。410a113
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  ⑦・青渭神社本殿。410a114
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  ⑧・JA東京みなみ・スタンプ押印所410a116
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  ⑧・JA東京みなみ農産物直売所シンフォニー。410a115
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  ⑨・天台宗常楽寺。東京都指定文化財の阿弥陀三尊像と閻魔王坐像が安置されています・スタンプ押印所。410a117
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  ⑨・常楽寺。410a118
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  ⑩・ケーキファクトリーホイップ。スタンプ押印所410a119
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   ⑪・天台宗妙見寺。小高い坂上にあり、上りがきついです。410a120
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  ⑪・妙見寺本堂410a121
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  ⑪・妙見尊。鳥居横には「北辰妙見宮」と書かれた石柱があり、さらに急坂を登ったところに本殿があります。
  妙見寺と妙見尊は全国でも数少ない神仏混合の神社仏閣体です。410a123
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  ⑪・妙見尊本殿。毎年8月に行なわれる「蛇より行事」は東京都指定無形民俗文化財です。カヤをよって長さが100~150mの大蛇を作って奉納します。410a122
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  ⑫・ゴールの京王相模原線稲城駅。410a124
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2014年10月 2日 (木)

昔の風シリーズ・・・渋谷から青山へ

  若者で賑わう渋谷駅前からスタート。現代の代表的な街、およそ文学とは無縁のような喧騒の街、都心の一等地にも実はひっそりと文豪たちの足あとが残されていて、昔の風がゆるゆると吹いていました。
  ハチ公口を出発して道玄坂を登り、坂上からUターン、坂の途中にある道玄坂小路を通って井の頭通りへでます。NHKセンター前、渋谷区役所前、明治神宮五輪橋を経由して、まっすぐ表参道交差点へ。交差点を渡り“青山霊園”までというコースでしたが、青山霊園の広さに驚き、歴史を凝縮したような有名人たちの墓の多さに驚きつつも今回のシリーズに関係ある方々の墓所を訪ねた撮り歩きでした。
(2回クリック、2回拡大画像)

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  いつ来ても若者の街そのもの。ハチ公の撮影は省略し道玄坂へ向かいます。407b101_3
2.
  坂の途中、左へ曲がり飲食店などの並ぶ通りへ入ると、歩道脇に与謝野鉄幹が起こした「東京新詩社」の木碑が立っています。妻の晶子と協力し北原白秋や石川啄木らが活躍した文芸誌『明星』を創刊した場所でもあります。407b102
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  陰影がうるさく見えづらいのですが、道元坂上の交差点には『みだれ髪』で一躍有名になった与謝野晶子の歌碑が立っています。
  歌碑には「母遠うて瞳したしき西の山 相模か知らず雨雲かゝる」と彫られています。407b103
4.
 道玄坂を下り、途中にある道玄坂小路を通って東急前を右に入ったところに、竹久夢二居住地跡の石碑が立っています。
  大正ロマンを代表する画家の住んでいた場所としては自転車に埋もれるような寂しい風情でした。407b104
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  NKKセンターを左に見てゆるい坂を上ってゆくと、歩道の植え込みに詩人であり小説家でもあった国木田独歩住居跡の木碑が立っています。
  当時は雑木林と田園が広がっていたという、ここから代表作『武蔵野』が生まれたのでした。407b105
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  五輪橋を渡り、表参道のゆるやかな坂道を上ってゆくと左手に同潤館があります。今は表参道ヒルズの一角に残されていますが、前身の同潤会アパートは、関東大震災後に建てられた日本では最初の鉄筋コンクリート集合住宅でした。407b106
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  表参道交差点を渡って直進してしばらく歩くと、青南小学校が左手に見えてきます。この小学校の構内には、同校の卒業生であった俳人の中村草田男の句碑が正門を入った直ぐ脇にあります。407b107
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  大きな石碑には「降る雪や明治は遠くなりにけり」と自筆の句が刻まれていますが、時の移り変わりを詠ったこの句は東京大学の学生だった草田男が母校を訪れた際に感慨をこめて詠んだものだそうです。407b108
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  小学校の正門前の細い通りを突き当りまで進むと近代的なレンガ造りのマンションがあります。このマンションはかつて、歌人斎藤茂吉が院長を務めた青山脳病院があった場所です。
  左手の入口の生垣に茂吉が詠んだ「あかあかと一本の道通りたり 霊剋(たまきわ)るわが命なりけり」の句碑が立っています。407b109
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  茂吉の歌碑を後にして東方へ、しばらく進み、外苑西通りの上を跨ぐ橋を渡ると緑に覆われた青山霊園へ入ってゆきます。ここは約26万㎡もの広さがある都立の公営墓地です。園内には明治の元勲や歴代首相、文豪などの有名人の墓が数多くあります。
  とても全部を見て歩くわけにもゆきませんので、今回は本シリーズにゆかりのあるものだけに絞り拝見させてもらいました。

    霊園で一番立派なお墓といわれている、大久保利通の墓。 407b110
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  その隣にある小さな石碑が斎藤茂吉の墓。
  墓の後ろにはアララギの木が植えられています。407b111
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  茂吉の墓に並んで斎藤家の墓誌があり、妻のてる子も並んでいます。407b112
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  尾崎紅葉の墓。紅葉は35歳で病没していますが、そのため、代表作である『金色夜叉』は未完のまま終わっているわけです。407b115
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  少し離れたところになりますが、国木田独歩の墓もありました。407b116
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  ここでも思わずの発見がありました。
  そう、ハチ公の碑があったんです。渋谷のハチ公前をスタート地点としてここまでたどり着いた最後にこの碑に遇えるとは、なにかの因縁でしょうか不思議な気持ちになりました。407b113
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  かわいい社をカメラに収め、今回の撮影行を締めくくりました。407b114
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