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2014年7月

2014年7月25日 (金)

昔の風シリーズ・・・撮り歩き・白山から巣鴨へ(4)

  
    ゴールの巣鴨もまもなくというところで、本郷通りから少しばかり東側の住宅街にある二つの歴史ある神社に寄っていきます。

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  ここは、昔、神明宮といわれた天祖神社です。
  立派な鳥居と石柱が出迎えてくれます。1406c401
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  源頼朝が、文治五年(1189)に奥州征伐の折、霊夢に導かれて天照大神祀ったことが始まりとされています。1406c402
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  神殿もさほど大きくはありませんが、境内全体に神域らしい厳かな雰囲気が満ちています。1406c404
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  神社の直ぐ横手には、立派な縁結び子育地蔵尊が祀られているのも合縁奇縁というのでしょうか。1406c405
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  お地蔵さんをお参りして本郷通りへ戻る手前にあるのが、富士神社です。1406c406
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  名前が示すように、江戸時代に富士山信仰の拠点のひとつとなった神社で、本殿の所在には駒込富士と呼ばれた富士塚に建てられ、周囲には多くの石碑が建てられています。1406c407
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  本殿は極めてシンプルにできていますが、駒込富士の山頂にあり、江戸時代には庶民らがこのお山に登って集い、無病息災を祈ったことでしょう。1406c410
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  石碑の多くは、加賀前田家お抱えの火消衆・加賀鳶から奉納されたものだそうです。1406c409
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  鉞(まさかり)のぶっちがいは加賀鳶衆の纏しるしです。1406c412
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2014年7月22日 (火)

昔の風シリーズ・・・撮り歩き・白山から巣鴨へ(3)

  目赤不動から数百メートル北方に吉祥寺はあります。このお寺はもともと江戸城内に有ったものが江戸城改造に伴い、神田駿河台に移され、明暦の大火を経てこの地に再建されました。
  この寺が駿河台に有った頃、門前に暮らしていた住民たちが、大火後に武蔵野に移り住んで、吉祥寺と名乗ったことから今の武蔵野市吉祥寺の地名が生まれたんだそうです。

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  この山門は享和二年(1802)から残る立派な造りで、くぐると思わず気持ちが引き締まります。1406c309
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  見上げるとついカメラを向けたくなってしまいます。1406c301
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  境内も広く立派な石畳が続いています。1406c302
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  静かに建っている本堂は立派な構えです。1406c306
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  鐘楼も当時のままで六本柱の立派なものです。1406c308
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  経蔵の木彫りは、見所、撮りどころのひとつです。1406c304
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  ここに「二宮尊徳」の墓碑があるとは・・・知りませんでした。1406c305
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  おなじみの“お七”“吉三”の比翼塚もありました。火事で焼け出され、この寺に避難したお七が寺小姓の吉三に一目惚れしてしまい、遇いたいばかりに火事で避難できればまた遇えると自宅に放火した話は有名ですよね。1406c303
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2014年7月18日 (金)

昔の風シリーズ・・・撮り歩き・白山から巣鴨へ(2)

  続きです。目赤不動尊は当初、赤目不動と呼ばれていましたが、三代将軍家光が鷹狩りの折にここを訪れ、目赤不動尊に改名したという謂れがあります。

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  瑞泰寺本堂。かなり大きいが、造りは新しい。1406c201_3
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  この地蔵像が東都六地蔵のひとつです。1406c202
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  門柱に乗った象は精密に描写されているがどこか可愛らしく、狛犬のように向かい合わせに鎮座している。1406c203
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  本郷通りをさらに巣鴨方向へ進むと、左側に南谷寺目赤不動尊があります。
  この不動尊は五色不動のひとつに数えられています。1406c204
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  大きな立派な本堂がありましたが、ひと気はなく、静かな雰囲気の中に建っていました。1406c209
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  本堂の横には独立して不動堂が建っています。1406c206
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  不動堂正面には立派な名額と信仰の深さが表されている飾額がありました。1406c207
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  歴史の古さを感じる眼光鋭き不動明王坐像が鎮座しています。1406c208
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2014年7月15日 (火)

昔の風シリーズ・・・撮り歩き・白山から巣鴨へ(1)

   出発地は、都営三田線白山駅。駒込周辺を“ゆるゆると吹いている昔の風”を探して歩いてみました。コースは本郷通りを北行しながら通りの左右にある古刹や歴史のある場所を訪ねる撮り歩きです。
  ちなみに駒込という地名は、駒(馬)の放牧地という意味からだそうですが、この辺で馬たちがのんびりと草を食んでいたのはいつ頃のことなんでしょうかね。

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  地下鉄の白山駅はA3出口から地上へ出ます。1406c101
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  駅の直ぐ傍にあるのが白山神社です。ここは「あじさいまつり」が有名です。1406c102
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  創建は古く五代将軍綱吉、桂昌院から厚く崇敬されていたそうです。
  また、古くから歯痛にご利益のある神様としても知られています。1406c104
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  竹垣で囲われた「手水舎」、面白いですね。初めて見ました。1406c103
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  あじさいは少し時期を過ぎていましたが、本堂の裏手には立派に咲いていました。1406c106
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  本郷通りには珍しく「わらび餅」屋台が商いをやっていました。1406c107
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  白山上交差点を超えてほどなく瑞泰寺があります。門柱には象の石像が乗っています。この寺は、江戸市中におかれた六地蔵のひとつがあります。1406c108
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  本堂に向かって右手にある地蔵像がそうなんですが、残念なことにこの地蔵像は昭和61年に再建されたもので当時のものではありません。1406c109
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2014年7月12日 (土)

昔の風シリーズ・・・撮り歩き・御茶ノ水から九段上へ(3)

   学士会館を後にして、神保町交差点まで戻り、靖国通りを九段方向へ向かいます。

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  左手に、いくつかの書店が入った神田古書センターがあります。
  ここには「吾輩は猫である」の初版本や三島由紀夫の直筆原稿などを展示した店もあります。406b301
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  周囲のビルに比べ、いかにも歴史を活きて来たといわんばかりの建物の古書店もしっかり残っています。406b302
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  九段下交差点を目の前にした「俎橋(まないたばし)」は首都高速道路が真上を通っていて改築されましたが、健在です。画面は神田方向を望んでいます。406b303
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  俎橋を渡り、直ぐの道を右折して最初の十字路を左折すると左側に茶色のマンションが見えてきます。中は薄暗くて良く見えませんが・・・。406b305
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  中へ入ると建物入口の奥に小さな井戸があります。脇の石碑には「滝沢馬琴宅跡の井戸」と彫られています。
  現在まで残るこの“硯の井戸”は椿説弓張月や南総里見八犬伝など数々の名作が生み出された場所です。硯に水を汲んで筆を洗う文豪の姿が重なって見えてきます。406b304
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  マンションを出て左手に進み、坂を上ると途中の左側の近代的なビルの中に「築土神社」があります。この神社の歴史は大変古いのですが、時代の流れに勝てず、ビルの中へと移築されました。406b307
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  入口には立派な鳥居も建っています。406b306
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  さらに中へ進むと本殿が見えてきますが、本殿はビルの中ではなく、上は空へ抜けています。406b308
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  決して大きくはありませんが、立派な神殿は地元の信仰を集めていることでしょう。406b309
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  この神社の前にあるのが、和洋九段女子高校ですが、高校の敷地内に「硯友社(けんゆうしゃ)跡」と記された名板があります。
  硯友社は、東京大学予備門の学生だった尾崎紅葉、石橋思案、山田美妙らによって結成された文学結社でした。406b310
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  硯友社跡の名板。
  靖国通りからは外れていますが、九段上では一番高い場所がここです。406b311
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2014年7月 7日 (月)

昔の風シリーズ・・・撮り歩き・御茶ノ水から九段上へ(2)

  続きです。山の上ホテルを過ぎて、閑静な裏路地のなだらかな坂を下り、靖国通りへと抜けてゆきます。

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  右手にもう形の残っていない錦華公園を見ながら錦華坂を下ってゆくと「お茶の水小学校」に突き当たります。 406b201
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  この小学校は(旧・錦華小学校)夏目漱石の出身校です。
  当時は夏目金之助といい、この小学校を卒業しています。学校の裏手の木陰には「吾輩は猫である・・・」と期された文学碑がひっそりと建っています。406b202
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  狭い路地を抜けて靖国通りへ出ると、それまでの静けさから一転してにぎやかな“本の街”へと出ます。
  その町の中心がこの神保町交差点でしょう。406b203
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  九段坂方向へ向かいながら神保町交差点を右折して一ツ橋方向へ向かうと、左手に「学士会館」が見えてきます。406b210
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  現在は、ホテル、レストラン等として利用されていますが、1877年に発足した東京大学の予備門があった場所なんです。406b207
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  東京大学の、法・理・文の三学部に進学する者はここでの課程履修が義務付けられていたそうです。夏目漱石もここで学んでいた一人です。406b206
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  また、新島 襄の生誕の地でも有ったんですね。406b205
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  もうひとつ、「日本野球発祥の地」の記念碑も有りました。これは、思わぬ発見でした。406b204
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  ボールを握った手のモニュメントはとてもリアルでした。406b209
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  この学士会館の前にあるのが、かの有名な「共立講堂」です。
  共立女子大学の講堂で、周りの高層ビルの谷間に威風堂々と建っていますが、戦火にも焼けず立てられた当時のそのままの姿を保っている姿は神々しささえ覚えます。406b208
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2014年7月 4日 (金)

昔の風シリーズ・・・撮り歩き・御茶ノ水から九段上へ(1)

   今回は御茶ノ水駅から出発し、駅周辺を巡りながらニコライ堂の前を通り、裏路地を訪ねつつ千葉街道神田神保町を経由して九段坂周辺までを撮り歩いてみました。

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  御茶ノ水駅周辺は、行き交う学生たちも多く、文教地区という感じを受けました。406b104
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  独特の容姿をした聖橋は良く目立つ。JR御茶ノ水駅越しにはニコライ堂の緑のドームが見えています。406b103
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  御茶ノ水橋からみる形の良い聖橋は神田川水上工事のため景観はいまいちでありました。406b101
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  神田川の上に地下鉄丸の内線、その上にJR線と三段構えの景色は見栄えのある都心の情景です。406b102
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  ニコライ堂は過去にも撮っているので前を通過して紅梅坂を登ります。406b105
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  紅梅坂に続く雁木坂を上りきると明大通りへと出ます。406b106
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  明大通りへ出た角にある杏雲堂病院前の植え込みには「大久保彦左衛門」の屋敷跡の碑が雑草に埋もれて立っています。406b107
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  明大通りをなだらかに下ると文人たちが好んで定宿としたという「山の上ホテル」の入口が見えてきます。406b108
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  この入口の先、坂を上ったところのクラシカルな建物が彼の名高い山の上ホテルです。406b109
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  このホテルは1937年に建てられた当時としては珍しいアール・デコ調の建物で、戦時中は海軍に、戦後はGHQに接収されましたが、1954年にホテルとして創業したそうです。406b110
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