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2011年1月

2011年1月29日 (土)

深川七福神めぐり・・・(七)壽老神

本年の七福神めぐり最終回です。
長々とお付き合いを頂いて有難うございました。

福徳・延命長寿
安置・深川神明宮「江東区森下1-3-17」
  壽老神は、白髪長寿の老人の姿をして、杖を手にし、杖には人命の長寿を記した巻物を吊るし、鹿を伴っています。
  ということなのですが、壽老神は神明宮境内の寿老神社に安置されています。ところがこの神社のお社はほとんど光がなく、また、非常に狭いので撮影者泣かせのつらい条件でしたけれど、またまた、高感度センサーに助けられ、見ての通りの程度まで撮影することが出来ました。
境内には神輿が納められている庫が幾つも有りましたが、内部の拝見できるのは、一番大きいと思われる一箇所だけでした。

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  福神御朱印色紙
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2011年1月28日 (金)

深川七福神めぐり・・・(六)布袋尊

福徳・清廉度量
安置・深川稲荷神社「江東区清澄2-12-12」
  布袋尊は、中国五代の頃、浙江省奉化県に実在した契此という高僧といわれています。
  また、他方では弥勒菩薩の化身として、一般に信仰せられ、画像に描き、彫塑に刻まれ、あるいは置物として、広く親しまれるようになり、わが国に伝来し、清廉潔白、大気度量を人々に授ける福の神として、禅画や置物にまでなって親しまれ、信仰されるようになりました。
  この神社の近辺には、「大鵬部屋」、「北の湖部屋」、「尾車部屋」などがあり、日ごろから関取や力士の卵たちを良く見かけることがあるそうです。

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2011年1月27日 (木)

深川七福神めぐり・・・(五)毘沙門天

福徳・勇気授福
安置・龍光院「江東区三好2-7-5」
  毘沙門天は、インド名バイスラバンナの音写で、もともとはヒンズー教の財富の神であったクヴェーラ神が仏教に取り入れられ、仏神となったものです。
  その姿は、身に甲冑をつけ、左手に宝塔を捧げ、右手には三叉の鎗を持ち、忿怒の形相で邪鬼を踏みつけ毘沙門立ちをしています。
    わが国では仏教守護から転じて、国土守護の武神として、特に武将の間に信仰されるようになりましたが、中でも上杉謙信が毘沙門天を守護神としてあがめ「毘沙門の申し子」といわれたことや、志貴山の毘沙門天に祈願して生まれた楠正茂が、毘沙門天の他名多聞天から付けた多門丸という幼名であったことはあまりにも有名な史実です。
  御本体は、大変美しい立像でした。

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2011年1月26日 (水)

深川七福神めぐり・・・(四)大黒天

福徳・有福蓄財
安置・円珠院「江東区平野1-13-6」
  大黒天信仰には二つの流れがあります。ひとつは、大黒天を大国主命(おおくにぬしのみこと)とするもので、これは多くの神社に祀られています。もうひとつは、インド名をマハカーラという仏神の大黒天で多くの寺院に祀られています。
  円珠院に安置されているのは仏神の大黒天で台所財宝糧食をつかさどる神です。

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2011年1月24日 (月)

深川七福神めぐり・・・(三)辯財天

福徳・芸道富有
安置・冬木辯天堂「江東区冬木22-31」
  辯財天は、インド名をサラスバティといい、音楽の神、芸術の神でしたが仏教の神となり、辯才天は才知弁舌の神とされ、辯財天は財宝を施す福の神として信仰されています。
  江ノ島、竹生島、厳島の弁財天が昔から有名ですが、蛇が神使とされてきたことから、正月最初の巳の日を昔から初巳、初辯天として辯財天へ参詣するしきたりが多く、巳成金という開運のお守りを受け、これで金持ちになるという慣わしがあります。
  冬木辯天堂は、木場の材木豪商、冬木弥平次が宝永二年(1705年)、茅場町から深川に屋敷を移転した際、邸内の大きな池のほとりに、竹生島から移した辯財天を安置したのがそのまま残ったもので、そのため今でもこの町を冬木町と言うんです。

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2011年1月23日 (日)

深川七福神めぐり・・・(二)福禄壽尊

福徳・人望福徳
安置・心行寺「江東区深川2-16-7」
  福禄壽尊は、心行寺の六角堂に安置されています。
  このお寺は、関東大震災と昭和20年の戦災により二度も焼失しましたが、現在の本堂は昭和42年に、昭和50年に福禄壽尊が安置されている六角堂が完成しました。
この六角堂は、写真7で見ての通り、正面の扉が開いている以外、何処からも光の入るところがなく、なおかつ、正面には目の細かい金網が張ってあり、ほとんど内部を見過ごすことは出来ない状態でした。従ってご神体はカメラの常用最高感度であるISO 12800という高感度で撮影しましたが、結果は写真8の通りとなってしまいました。

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2011年1月22日 (土)

深川七福神めぐり・・・(一)恵比須神

 前回までは七福神めぐりの始まりといわれた“谷中の七福神”をUPしてきましたが、今回からは、下町に伝わる隅田川の七福神めぐり、すなわち深川の七福神めぐりについての記事をUPします。
 この行事は、文化元年(1804年)頃から始まったといわれていますが、残念なことに昭和20年に戦災のため安置してあった各社寺が全焼してしまいしばらく中断していました。
その後、しだいに社寺が復興し、それぞれ福神が安置されるようになり、昭和45年の正月から復活しました。
 深川七福神の特徴は、谷中七福神が総てお寺さんに奉祀されているのに対して、その安置場所が神社も含まれているというところでしょう。従って、お参りの際にも神仏の違いをわきまえて行う必要があるということです。

恵比須神

福徳・愛敬富財
安置・富岡八幡宮「江東区富岡1-20-3」
  恵比須神は、富岡八幡宮の本宮の西側にある恵比須宮に奉祀されています。
  当日はたまたま、本宮の御縁日に当たり、参道にはたくさんの屋台や露店が出ていて、大変賑やかでした。本宮にも敬意を表し一部を撮影してきました。
  また、ちょうど恵比須宮の前で、どこかの報道クルーが取材中であり、ラッキーなことに恵比須宮に奉納される獅子舞のかしらを撮影中でありましたので、ご一緒させていただきました。

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2011年1月19日 (水)

谷中七福神めぐり・・・(7)辯才天

辯才天・愛嬌、福寿、芸能にご利益を授けてくれる神様。
不忍池辯天堂・台東区上野公園2-1
  辯天様は不忍池の中央の島にある辯天堂に祀られていますが、ここは東叡山寛永寺のお堂のひとつで、八本の腕を持つ大辯才天です。

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  谷中七福神御朱印色紙
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2011年1月18日 (火)

谷中七福神めぐり・・・(6)大黒天

大黒天・富や出世、繁盛をもたらしてくれる神様。
護國院・台東区上野公園10-18
  東叡山寛永寺釈迦堂の別当寺として開創。大黒天像の後ろに飾られている大黒天画像は、徳川家光公が所蔵していた絵巻でこの時期にしか一般公開はされない。

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2011年1月17日 (月)

谷中七福神めぐり・・・(5)毘沙門天

毘沙門天・ご利益は威光。信者に十種の福を授けるといわれる神様。
天王寺・台東区谷中7-14-8
  このお寺は、谷中霊園に接してあり、境内も広く立派です。
  江戸時代“富くじ”で賑わった古刹でしたが、毘沙門天を祀る毘沙門堂は、消失した五重塔の残材のケヤキで建てられたといわれる造りです。
  ただ、堂内は照明もなく暗いため肉眼ではその御姿をはっきり拝観できません。

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2011年1月16日 (日)

谷中七福神めぐり・・・(4)壽老人

壽老人・中国の道教を起源とする延命長寿の神様
長安寺・台東区谷中5-2-22
  寛文9年(1669)老山和尚による創建。
  安置されている壽老人像は徳川家康の寄進と伝わっています。
  なお、近くには、震災や戦災の影響が少なく、今も昔ながらの下町情緒がいっぱいの「谷中ぎんざ」や天気の良い日には富士山や素晴らしい夕焼けが見えるという、あの有名な夕焼けだんだん(七面坂)などもあります。

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2011年1月15日 (土)

谷中七福神めぐり・・・(3)布袋尊

布袋尊・「日ぐらしの布袋」として知られている子育て、子宝の神様
修性院・荒川区西日暮里3-7-12
  四季折々に花が咲き、江戸時代から花見寺として名高い寺院。
  堂内の布袋尊はその地名から「日ぐらしの布袋」と親しまれています。

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2011年1月14日 (金)

谷中七福神めぐり・・・(2)恵比寿

恵比寿神・正直な心と笑顔、愛嬌を授けてくれる神様。
青雲襌寺・荒川区西日暮里3-6-4
 境内には滝沢馬琴の筆塚碑など、江戸時代を代表する文人の碑が多く残っている。

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2011年1月12日 (水)

谷中七福神めぐり・・・(1)福禄寿

   七福神のお話

 江戸時代から、正月に七福神詣でといって、谷中近辺の七福神に詣でることが盛んに行われる様になり、別に山の手七福神・向島七福神へ詣でることも行われるようになりました。
 七福神の芽出度いお姿は広く全国の人々に喜ばれていますが、これらの神様を福の神として尊崇した七福神の創設者が上野東叡山の開祖慈眼大師天海僧正であった事は、あまり世間に知られていないようです。天海僧正は経典(仁王経)の七難即滅・七福即生の文に基づいて、七つの神々の夫々の御徳をお授け頂いて我々が益々幸福な生活が得られるようにと御思召されて七福神の信仰をお勧めくださったのです。(大綱以下省略・東叡山護国院資料引用)

ということで、江戸最古の七福神といわれる「谷中七福神めぐり」をしてまいりました。
当日は、天気も良く、割合と暖かな絶好の日和となりましたが、あまりにも有名になりすぎたためか、何処のお寺を訪ねても休日の銀座以上の人、人、ひとで境内は大げさに言えば足の踏み場もないという盛況振りでした。
 とにかく、時間のやりくりをしながら何とか写真も撮れたのですが、やはり厳しいものが有りました。
 今回は、田端駅を起点として初めに福禄寿を祀る東覚寺を訪れ、それから南下して最後に不忍池辨天堂へ向かうというコースを歩いてみました。
特にのんびり歩いたわけでもなく、総歩行距離は約5km前後なのですが、前述のとおりの人出のため、午前10時に田端駅を出発して辨天堂へ着いたのは午後3時でした。
まあ、正月早々のご利益さんぽでしたけれど、清々しい達成感に浸ることが出来ました。

福禄寿・人望を授けてくれる福の神
東覚寺・北区田端2-7-3
 延徳3年創建で、慶長年間に現在地に移転。江戸時代には徳川歴代将軍の祈願所として栄えました。

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